高齢リターンライダーと農山漁村

 子どもたちの独立を機に再びオートバイに乗り始めました。Zガンダムの360度全周囲スクリーンほどではありませんが、シールド越しに大地との一体感を感じています。

運輸・通信のインフラ

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 アノマロカリスの口ではない。ロータリー式の除雪車。小樽の手宮機関庫跡で。機関庫は扇形で転車台も保存されている。タイヤ交換まで近場の散歩。オートバイの走行距離は9万キロを超えている。あとどんだけ走れるのだろう。

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 こちらはレールバス。昔ならテンダータイプの長い大きな蒸気機関車のすみかに小さなレールバスがちょこんといるのがなんだかカワイイ。

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 転車台はなお稼働できる状態で頑張っているよう。古い車輌、施設が大切に展示されている。その維持にお年寄りの方々もボランティアでご活躍のよう。

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 こちらはチビッ子が楽しむ、蒸気機関車の模型。小樽博物館の屋内にて。19世紀の鉄道インフラについて親しんでもらいながら21世紀のインフラ、ん?データセンターと光ファイバーのケーブル?を探求する土台としてもらいたいモノです。

秋の気配

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 前輪のタイヤが減っている。日曜日にタイヤを交換の予約済み。なので、この週末は遠出を諦め、近場の石狩の広域農道界隈をフラフラ。

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 今年はお盆過ぎの朝晩が普通に涼しくなり、過ごしやすい。オホーツク海の威力か。

 ひまわりは終わりが近く、稲穂は着々と収穫の準備が進む。

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 石狩川の河口まで行き、湾を臨む。海上の風車とススキ。ススキはバイオマス利用も研究されているよう。とうもろこしやサトウキビと違って、家畜のエサやヒトの食料と競合しないので、期待大。

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 ロイズの駅にも行ったりしながら週末の土曜はおしまい。今年の暑い夏はお盆までだったのか、それとも残暑が始まるのか。

気象と豊穣、穏やかさ

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 朝の通勤でムダにホームの端っこまで行く。各ホームで車輌がお客を待っている。ずいぶんと涼しくなってきた。昨日はお昼の散歩も全空間冷房のような感じで、軽快に外を歩くことができた。

 農業関係者にとっては天候穏やかで豊穣の秋が迎えられることが何より。しかし、過去の記憶では豊穣よりも天候不順の記憶がおおい関係者が多いのではないだろうか。自分は平成の米騒動、その後の豊作、そして平成8年、冷湿害で被害見込み2000億円超となった時の記憶が深く刻まれている。

 今年は、このまま、穏やかで走り切ってもらいたいモノです。農作物にもヒトにも穏やかが大切と温暖化で気象変化が激しい中で感じる。

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 そんなことを思いながら、蕎麦屋からはいいにおい。夏のツーリングの白い花は実をつけているかな、美味しい豊穣の秋を楽しみたいモノです。

 おぉ、冒頭の写真に戻れば、鉄道にもツーリングにも穏やかが大切であります。

鰊御殿とまり

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 最近、高速道路を多用して、又は高速道路的な一般国道を使って、少し遠くまで行っていたが、今回は近場を楽しむ。と言っても、最近走りすぎで前輪のサイコロはほぼ摩耗。山に入るのも心配で国道沿いで土地の美味しいモノを楽しんで、土地の歴史を楽しむ。写真は鰊御殿とまり。北海道、もとい江戸時代の蝦夷地を産業的に引っ張ったのがニシン漁。食用としてだけでなく肥料として北前航路をつたって、移出されていた。司馬遼太郎の「菜の花の沖」で金肥としてナタネ(当時は夜の灯りの用途)」の栽培に遠く蝦夷から淡路まで持っていったことを知る。江戸時代はその後の歴史の中で遅れた時代のように印象操作されているが、資本主義のもとでの農業がこの時代に始まっていた。

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 この施設の中で一番印象に残ったのが、写真の商談の様子。支配人と来訪者との間でどんなやり取りがあったのだろう。制度派経済学にて取引の費用が深掘りされていくのは20世紀の前半。そのずっと昔に彼らはギリギリの取引を鰊御殿の一室にてやっていたのでしょう。

 ディール、というワードがここしばらく使われているが、ミクロの部分均衡とマクロの全体均衡には大きな谷間にあり、部分均衡のディールでの成功体験は、マクロではそれほど有益ではないように感じる。鰊御殿の部分均衡の繁栄も環境破壊、気象変動とともに終わりを迎える。

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 写真のロフトには布団と行李。今の東北地方から出稼ぎに西積丹に来て、ここで寝泊まりしていたらしい。個々人の豊かさを求める行動、そして鰊御殿が並ぶ海岸の漁場の管理者の利益追求は、結果、合成の誤謬とか、共有地の悲劇と経済学的に呼ばれる状況に持っていったように思う。

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 写真は帝国主義時代の日本の統治下の地域の地図。国家も合成の誤謬に堕ちていったのは後知恵でわかること。今の状況、日本経済のことも、国際環境も冷静に見つめてもらいたい気がします。とここまで書きつつ、自分の頭の中がマーシャルやピグーのマクロで止まっているよう自覚する。

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 と、思いつつもミクロの自分の周りだけ見ていていいのかな。ちゃんと振り返らないとエヴァンゲリオンの使徒が出てくるかも。西積丹の写真の岩、使徒が出てきそう。

 

ハマナシ、打たれ強い歩み

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 ハマナスが浜梨になっている。

 積丹半島の西海岸に行く。子どもたちが少年野球をやっていた時、夏はチームの家族みんなで神恵内にキャンプに行っていた。袋澗(ふくろま)と呼ばれるニシン漁が栄えていた時に使われていた大きな海岸のイケスのようなところで水遊びなどもしていた。子育ての頃は、昭和のモーレツの余韻がおおい時代で平日は日付け変更線を跨ぐこと多し。妻のツマ以下の仕事しかできていない。反省。そんな中であったが、3人目の出産の時に、外せないコッソリの打ち合わせの最中、上司から連絡あり、打ち合わせ中の大上司、先輩も背中を押してくれて、一番下のチビの出産に間に合ったことが思い出される。妻には3人も大変な出産ご苦労様であります。

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 そんな思い出を「鰊御殿とまり」で思い出していた。御殿の中でもいろんな家族のイベントがあったのだろう。つくづく人生は記憶と還暦を過ぎて身にしみる。ビールを飲んでると胃にしみる。それにしても岩内ビールなかなか美味しい。岩内温泉にて。積丹ブルーのブログにしようと思ったら家族話になってしまった。子どもたちにはハマナスのように厳しい環境でも浜梨に結ぶ人生を送ってもらいたいモノです。

 

道道101号線 下川町 旧朝日町 愛別町

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 去る週末、下川町の公共の宿を出発して標記の道路を走る。暑さを避け、オホーツク海気団の恩恵おおい早朝出発。写真は旧朝日町にある岩尾内ダム。右の橋が道道。

 早朝でもあってか、対向車とあわない。プロボックスとADバンにあったキリ。森も深く・・・心細い。と前をミルクローリーが走っている。後ろを走らせてもらった後に駐車場があって、離れた後に撮った写真が冒頭のダム湖。この路線にはもう一つダムがあります。

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 愛別ダム。岩尾内ダムからこのダムの間も深い樹林帯の中。下草も生えないところもある。そんな心細い道を走りながら、ヒトの気配があるところに至りました。

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 牛舎から朝の搾乳を終えて放牧に出されるウシタチ。ちょっとホッとして写真をパチリ。そういえば、通年舎飼いの営農形態が多くなって、放牧のウシをミルクでなく、見る機会が減りました。

 牛舎を見ると前を走っていたミルクローリーが、搾られた生乳を集めに来ておりました。バンの方々も生乳の生産・流通のお仕事の方々も早朝からありがとうございます。

 

オホーツクミュージアムえさし

 ここしばらく博物館、郷土資料館まわりは、興奮おおいところが続く。

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 北海道にいて、郷土資料館まわりでは、歴史の教科書にない時代区分で戸惑う。縄文時代→古墳時代→律令時代と行かない北海道地方がある。ここにきて、オホーツク地方、そして周辺の宗谷海峡と根室・千島とどう関わり、ヒト・文化が変遷したかが勉強できました。写真は当時の竪穴式住居。

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 中はこんなふうだったようですが

 ミュージアムは、枝幸町と歌登町の合併(もともと一つの町なので再統合?)の10年を記念して郷土資料館を改築したそう。デスモスチルスをはじめとした考古学研究、大学と地域との協働の成果もすごいし、郷土史の展示も充実。ここで、この地域がニシン漁、ゴールドラッシュやその後の鉱業や農業の変遷など、お腹いっぱい勉強になりました。

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 その後は脱力しつつ、興浜線跡に併走する国道238号線を南下。写真は枝幸町の道の駅にて。船のデザインの建物です。

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 こちらは興部町の道の駅の展望台から。

 それにしても暑い一日。心のお腹いっぱいの後は温泉に入ってビールと枝豆でお腹いっぱいであります。