
最近、高速道路を多用して、又は高速道路的な一般国道を使って、少し遠くまで行っていたが、今回は近場を楽しむ。と言っても、最近走りすぎで前輪のサイコロはほぼ摩耗。山に入るのも心配で国道沿いで土地の美味しいモノを楽しんで、土地の歴史を楽しむ。写真は鰊御殿とまり。北海道、もとい江戸時代の蝦夷地を産業的に引っ張ったのがニシン漁。食用としてだけでなく肥料として北前航路をつたって、移出されていた。司馬遼太郎の「菜の花の沖」で金肥としてナタネ(当時は夜の灯りの用途)」の栽培に遠く蝦夷から淡路まで持っていったことを知る。江戸時代はその後の歴史の中で遅れた時代のように印象操作されているが、資本主義のもとでの農業がこの時代に始まっていた。

この施設の中で一番印象に残ったのが、写真の商談の様子。支配人と来訪者との間でどんなやり取りがあったのだろう。制度派経済学にて取引の費用が深掘りされていくのは20世紀の前半。そのずっと昔に彼らはギリギリの取引を鰊御殿の一室にてやっていたのでしょう。
ディール、というワードがここしばらく使われているが、ミクロの部分均衡とマクロの全体均衡には大きな谷間にあり、部分均衡のディールでの成功体験は、マクロではそれほど有益ではないように感じる。鰊御殿の部分均衡の繁栄も環境破壊、気象変動とともに終わりを迎える。

写真のロフトには布団と行李。今の東北地方から出稼ぎに西積丹に来て、ここで寝泊まりしていたらしい。個々人の豊かさを求める行動、そして鰊御殿が並ぶ海岸の漁場の管理者の利益追求は、結果、合成の誤謬とか、共有地の悲劇と経済学的に呼ばれる状況に持っていったように思う。

写真は帝国主義時代の日本の統治下の地域の地図。国家も合成の誤謬に堕ちていったのは後知恵でわかること。今の状況、日本経済のことも、国際環境も冷静に見つめてもらいたい気がします。とここまで書きつつ、自分の頭の中がマーシャルやピグーのマクロで止まっているよう自覚する。

と、思いつつもミクロの自分の周りだけ見ていていいのかな。ちゃんと振り返らないとエヴァンゲリオンの使徒が出てくるかも。西積丹の写真の岩、使徒が出てきそう。